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ライカを使うのは哲学だと想うのです

 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
仕事ではここ15年くらいキャノンのフルサイズ機(デジタル)にEF24-70mm f2.8を使ってます。200mm以上の望遠レンズを使うようなシーン以外なら、この組み合わせで、ほぼ完了出来て大変重宝しています。仕事以外においても作品撮りでも、かなり活躍しました
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
デジタルカメラを使う前は当たり前ですがフィルムカメラを使ってました。仕事では同じくキャノンをメインに使ってましたが作品撮りでは、今回の本題であるライカを使ってました
 
Lマウントのライカ
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
Mマウントのライカ
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
使用した機種は3種類。Leica ⅲc、Leica M4&M6。使っていたレンズは忘れましたが、フォルムライカは私には合わなかったみたいで、ライカの写真で何かしらのステップアップはありませんでした。そもそも自分自身がライカで撮った写真でいまいち感動してないのだから、何かが起こる訳ありません
 
フィルムカメラで自身を良い方向に導いてくれたのはROLLEIFLEX 2.8FとHASSSELBLAD 500C。レンズはどちらもPlanar。この2機種で撮影した人物写真が好評で、そこから個人の仕事が入るようになり、それがきっかけで写真事務所を立ち上げる事が出来ました。また作品撮りでも大活躍で、多くの賞を獲得する事が出来ました。スクエアフォーマットの世界観とPlanarの描写と自分の表現したいものが、上手くマッチしたのだと思います
 
ROLLEIFLEX 2.8F
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
HASSSELBLAD 500C
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
フィルムカメラ全盛からデジタルカメラが仕事などで使えるレベルの品質になってしまうとフォルムカメラはほぼ使わなくなります。たくさん恩恵を授かったハッセルブラッドとローライフレックスは自分のカメラマンとしてのプランの中で不要になってしまったのです
 
当時使用していたEOS5D mark2は仕事でも作品撮りにおいても好調で、このカメラのおかげで仕事は増えたし、作品撮りの方もフィルムに比べデジタルは作品を量産出来る(金銭的にも)ので、以前以上にコンペで結果が出るようになります。おそらくその当時がカメラマンとして最も目に見える結果だ出てたと思います
 
ハッセルブラッドやローライフレックスなどのカメラはファインダーを覗いた時のわくわく感もあります。また撮影→現像をして、当時ネガスキャナーでデジタルデータを抽出してましたが、その時の画像に感動する事が多々ありましたがキャノンのデジタルカメラでは、良い写真は撮れても感動するのは至りません。何か写真に対して飽和状態の自分がいました
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
このままでは自身がカメラマンとして枯れてしまう。そんな危機感を持った私は何かを変えなきゃと焦りだし、とは言え再度フィルムカメラに手を出す気になりません。そこで何となく自分の胸にすっと飛び込んできたのがデジタルライカでした
 
調べていく内にこのカメラなら又わくわく出来る自分に出会えるかも知れない。そう思った私はローンを組んでLeica Qというフルサイズデジタルコンパクトを購入します
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
購入のきっかけはデザインとLeicaQの作例でした。そして早速LeicaQで写真を撮ってみます
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
LeicaQ内蔵のファインダーでもかなり好きな雰囲気の写真でしたが、パソコンでこの写真を見た時に久々に写真で感動しました。なぜならピントが合ってない場所さえ美しい。いやむしろその場所が美しいと感じたのです
 
通常写真はピントが外れた場所はボケ味と評価され描写として評価されません。この写真で言えばピントが合ってる箇所はミモザのほんの一部で、それ以外は全て被写界深度外なのです
 
空気まで写すのがライカと言われます。フィルムライカ時代はそれを全く実感できませんでしたが、この時なんとなく分かった気がしました
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
絞この写真は多肉植物にピントを合わせてますが、ボケてる箇所のマガジンの描写が自分的に凄く好きです
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
LeicaQは被写界深度外の描写だけで無く、その透明感や色調で言えばシアンの描写が特に美しく感じます
 
ここでデジタルライカなら自分の世界感が写せると勘違いした私は、もう1台ライカを購入します
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
LEICA M9-P
このカメラはセンサーなのかレンズ特性なのか分かりませんが、若干濁ったような描写で、よく言えば味わいなのでしょうが、私はその味が理解できませんでした。全てのデジタルライカが自分を感動させてくれる訳では無かったのです。このライカは半年も経たずに里子に出しました(苦笑)デザインはむしろLeicaQより好みだったのですが…
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
やっぱり私にはLeicaQでした。多肉植物や鉢の質感、ピンクの発色。背景の空気感。全て好みです
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
きらきらした写真でもライカの個性がしっかり出ています
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
透明感が半端ないです
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
曇天でも決して眠い描写になりません。桜の花色がミモザを優しく包んでいるよう
 
ここでキャノンとライカの違いを自分なりに考えてみました。私は釣りが好きで、特にエギングと言う疑似餌を使った釣りが好きです
 
疑似餌にはエギを使い、これまで何十種類以上のエギを試したましたが、コンスタントに釣れるエギがこれです
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
プラスチック製のエギなのですが本当によく釣れます。ですがイカは釣れる時期、釣れない時期があります。シビアな状況ではこのエギでも当然釣れません。そうなると釣りに飽きてくると言うか、情熱も削げてくるのです
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
シビアな状況時に救世主になるのがこのエギです。桐製でプラスチックのエギと比べるとコンスタントに釣れないのと少し使い勝手が悪くなります
 
ですが桐特有の特徴で海中情報が分かりやすく、エギングをしていて楽しいエギです。イカの反応の分かりやすいのでアタリが出た時は脳汁がどばーと出ます(笑)。見ためも味わい深く、使い込みほどに愛着がわきます
 
これってコンスタントに釣れるけど、少し躓くと情熱が薄れてしまうプラスチック製のエギがキャノン
 
結果に対するコンスタントさや使い勝手の悪さはあれど、とにかく楽しく、感情を高ぶらせてくれる桐製のエギがライカだなと思ってしまうのです
 
人間ってモチベーションはかなり重要です。特に私は性格的にその傾向が強いです
 
ライカも桐製のエギも私にとってのモチベーター。絶対に必要では無いけど、いないと自分が自分で無くなってしまう大切な相棒な気がしてならないです
 
桐のエギは愛着有り過ぎて自分で少しカスタムしてます(笑)
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
下がオリジナル。上がカスタム。オリジナルは目の箇所がチープなシールだったので、漁師が昔から使うビーズと釘に交換
 
寄った写真
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
美しい工芸品のようなエギに変身しました
 
マインドだけで無く描写においてもライカとキャノンの決定的な違いを感じた写真がありました
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
この時はライカとキャノンを2台持っていき、同じ焦点距離&同じ絞りで撮影しました。ライカの写真は上記のように背景が美しく描かれてるのに対し、キャノンは背景の枝や葉が完全に飛び、ただのボケになってしまい決して美しいとは言えませんでした
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
あ背景のアンティーク風の壁。実はこれ撮影用のペラペラなペーパーなのです。偽物さえも美しく描ける力がライカにはあります
 
ライカを使うのは哲学だと想うのです
 
最後に
哲学云々言っておいて脈絡の無い長文駄文大変失礼しました。また最後まで読んでくれた方がいたら感謝します
 
ライカについて語り出したら熱くなってしまいました(笑)このページを見て少しでもライカの魅力が伝われば嬉しく思います